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紙かWebか、というのはユーザーにとっての情報の意味 (価値)、そして広告主にとっての有用性に関わる。米国の新聞は、あまりに地域商圏を背景にした広告(それも求人広告)に依存していたために、求人広告をCraigslistなどに奪われたことで危機は急速に進化した。日本は購読料への依存度が高く、しかも定期購読者が広告のベースにもなっているために、危機は緩慢に進行しているが、問題は同じだ。違いがあるとすれば、米国ではWebでほぼ全文が読める新聞が多いために、読者の「紙離れ」はあっても「新聞離れ」にはなっていないのに対して、日本では「紙離れ」がそのまま「新聞離れ」に直結していることだろう。

日本の新聞購読者数は(宗教の信者数の合計と同じく)、もともと人口に比べて多い。記事をあまり読まない人間でも、外の世間を垣間見せる「窓」として利用されてきたともいえる。記事の情報量は諸外国に比べて非常に少なく、過去30年間、(文字サイズの拡大と反比例して)一貫して減少してきた。報道・論評に対する要求が高いのなら、こんな淘汰圧が働くはずはない。しかし<情報ニーズ>というものは、農作物のように、地面を掘り起こして耕し、種を播き、水と肥料で大事に育てないと枯れてしまい、跡には砂漠が広がっていく。知らないうちにWebなどで得られる情報で十分と考える層が増加し、情報の価値/価格を評価する層が継続的に減少していったのは当然だ。筆者は、これが日本特有の問題だと思う。

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日経「Web有料」版:情報の価値と価格の間 : EBook2.0 Forum (via syoichi) (via yaruo) (via peckori)